胡蝶蘭ルポルタージュ|実生苗とメリクロン苗の違い 生産者さん訪問①

ネギ畑の広がる大地

 

関越道を経由して走ること2時間あまり。
ここは、ネギの生産量日本一を誇る埼玉県北部の町です。
今回、この町で胡蝶蘭栽培を営む生産者さんの元を訪ねてきました。

 

見渡す限りに広がる大地。

どこにもない影。 とにかく広い空。 そして、なにより暑い。。。

近ごろ室内に篭っていることの多い身としては、どうやらこの景色は刺激が強すぎたようです(笑)

 

■ 胡蝶蘭生産者さん

胡蝶蘭の生産者さんを訪ねるのもこの土地を訪れるのも初めてのことでしたが、大きなビニールハウスが目印となって迷うことなく辿り着くことができました。

早速ハウスの中を見学させていただくと、これまた見渡す限りの胡蝶蘭。
芽が出始めのものから出荷の準備が整ったものまでズラリと並んでいます。

 

今回訪れた胡蝶蘭生産者さんのハウス内
今回訪れた胡蝶蘭生産者さんのハウス内

 

 

お忙しい時間を割いていただき、社長さんにお話を伺いました。

 

■ 昨今の胡蝶蘭事情

効率性や合理性、低価格路線が優先される現代の生活スタイルの中、胡蝶蘭の生産においても例外なくその影響があらわれているようです。

品質や希少性といったものに重点をおくこれまでの生産ラインから、安くて見栄えが良い、さらに短期間での出荷サイクル、そのような経営方針に転換せざるを得ない生産農家は数多くあるとのことでした。“使い捨て文化” の影響が、このようなところにも影を落としているようです。

本来、胡蝶蘭は2~3年という長い年月を掛けて栽培していきます。
その際に使う水苔や素焼き鉢といったものは決して安価なものではありませんが、一度使ったものはデリケートな苗の育成上再利用できないため、その分経費が嵩みます。

また、胡蝶蘭には常に最適な温度状態を維持しておく必要があるため、夏と冬で莫大な電力費用が掛かることになります。わずか1度の温度設定を節約したために、成育した胡蝶蘭の花の大きさや輪数が想定以下になり、結局、節約分以上に大きな損害を被った経験をされたこともあったようです。

 

■ 実生苗とメリクロン苗

もっと深く掘り下げるなら、苗の選別です。
実生苗 を育てるところからはじめると、7年というさらに長い時間が掛かります。
しかし、交配によって生まれる実生苗は、人間と同じように2つとして同じ花が咲きません。そうです、世界にひとつだけのオリジナル作品 の誕生です。

実生苗で育てた胡蝶蘭は希少価値があり、出来の良いものには高値がつきます。
ところが反対に、奇形などが生じた場合には市場価値が付かないという危険性も伴っています。
この出来の良し悪しは、実際に花が咲いてみるまでわからないことなので、非常にリスクが高い育て方といえます。

そこで登場したのがメリクロン苗です。
つまり、クローン栽培によって生まれた苗です。
親となる株の細胞を増殖して出来た苗なので、奇形などの変異が起こる確率は低く、ウリふたつの胡蝶蘭を大量生産することが出来ます。同時に価格を低く抑えられますが、希少価値はありません。

この2つをわかりやすく区別するのであれば、一般的に市場に出回っているものはクローン苗から生まれた胡蝶蘭、賞を受賞するようなもの、愛好家がコレクションしているものは、実生苗から生まれた胡蝶蘭という見方ができます。

こうしたことも踏まえ、これまで長い間、適正な価格での高品質の胡蝶蘭が流通されていました。

ところが、時代のグローバル化とともに海外生産品が出回るようになり、この体系が崩れ始めることになります。
海外の安い経費で育てられた、安価で一見見栄えの良い胡蝶蘭に市場を奪われていくことになるのです。

 

ゴミの山のように見えたものの正体

今回、ハウス内に整然と並ぶ絢爛豪華な胡蝶蘭を見学している中、ふと、ゴミのように山積みになっている一角に目が留まりました。
聞くところによれば、そこにゴロゴロ転がっているものはゴミなどではなく、まだ生きている胡蝶蘭の親株たちなのだそうです。

社長さんは、10年前、ひたすら交配に没頭し、オリジナルの胡蝶蘭を生み出すことに精を出されていたようです。いくつもの名誉ある賞を受賞されたこともあったようです。その名残りが、この、ゴミ山のように見えたいくつもの親株だったのです。

この中から残しておきたいものだけを選別し、ほかのものは処分するつもりが気付けば2年近く放置したままなんだと語る社長の姿は、どこか寂しげでしたが、もうすでに心の整理はついているようにも見えました。

私は、そんなゴミ山のように見えた一角、素焼き鉢の中から力強く芽を出し、立派に咲いている1輪の胡蝶蘭を写真に収めようとしましたが、なぜか躊躇してしまい、結局シャッターを押す機会を失ってしまいました。

 

今回、初めて胡蝶蘭の生産者さんを訪問し、実際に足を運ばなければわからないことがたくさんあることを知り、それだけでも十分に有意義な出張となりましたが、何かそれ以上に、深く考えさせられることが頭の中を占め、帰りの運転中、ずっとそのことを自分自身に問いかけずにはいられませんでした。

 

【写真で見る】 あなたならどんな胡蝶蘭を贈りますか?

 

日本の抱えるさまざまな問題が、この胡蝶蘭栽培の世界の中に、凝縮されているような気がしてなりません。

胡蝶蘭生産者さんを訪ねて