世界中の人々から愛されているバラ。
今では20,000種類以上といわれている品種が私たちの暮らしに彩を添えてくれています。
バラの歴史は古く、紀元前1500年とも5000年ともいわれています。
「絶世の美女」と謳われている古代ローマ時代・エジプトの女王 “クレオパトラ” がバラを愛好していたことは有名です。飾って楽しみ芳香の良さから香油としても愛用していたようですね。
ルネサンス期に時を移すと、イタリアの画家・ボッティチェリの傑作 『ヴィーナスの誕生』 にバラが描かれています。バラは美の象徴として人々に愛されていたのです。
逆説的なエピソードとしては、中世のヨーロッパでバラが一時期 “タブー視” されていたことがあったようです。これは、バラの美しさと芳香が 「人を惑わすもの」 として教会がエスカレートする民衆にブレーキをかけたともいわれています。
このように各時代で様々な影響を人々に与えていたバラですが、19世紀初頭、現代のバラ育種に大きな影響をもたらす人物が登場します。
フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルト(1世)の妻・ジョセフィーヌです。
“バラの母” ジョセフィーヌ
ジョセフィーヌは、その富と権力に任せて世界中からバラを集めました。その数250種類以上。ジョセフィーヌは自身の住むマルメゾン城に広大なバラ園を造ります。
それからというもの、ジョセフィーヌは各地からバラの育種家を集めて、史上初めてバラの人工交配による作出も果たすのです。
ジョセフィーヌの死後、このバラ園で育った多くの育種家たちは、それぞれ独立し活動の場を広げていきました。
ジョセフィーヌにはもうひとつ功績があります。
のちに 「バラの画家」 と評されるベルギーの画家 ピエール=ジョセフ・ルドゥーテ を雇い入れバラの絵を描かせたのです。
ルドゥーテによる 169のバラの絵 は 『バラ図譜』 としてまとめられました。
この本は、芸術的価値だけでなく学術的にも優れ、今もなお植物画の最高傑作といわれています。
果たして、ジョセフィーヌ自身が、後世のことまで考えこうした足跡を残したのかということについては些か「?」マークがつくところですが、たとえ我欲を満たす為の行動であったにせよ、その後のバラの発展において彼女の功績を無視することはできません。
モダンローズの誕生
1867年、大きな出来事が起こります。 「ラ・フランス」 という名のバラ の誕生です。
このバラの誕生以降、バラの系譜は、
「ラ・フランス」 以前を “オールドローズ”
「ラ・フランス」 以降を “モダンローズ”
と分類されるようになりました。
さて、それでは、バラの愛好家にも絶大な人気を誇る “イングリッシュローズ” はどちらに分類されるでしょうか?
実は、イングリッシュローズは、モダンローズに分類されるのです。
イングリッシュローズとは?
イングリッシュローズとは、イギリスの育種家 デビッド・オースチン氏によって作出されたバラの総称です。
1961年に生まれた 「コンスタンス・スプライ」 がイングリッシュローズの記念すべき第1号になります。以来、200種近いイングリッシュローズが生み出され続けています。
イングリッシュローズは、オールドローズとモダンローズの交配によって生み出されました。
“オールドローズの姿形と芳香”
“モダンローズの色彩と四季咲き性”
両方の良いところを受け継いだのが、“イングリッシュローズの正体” というわけです。
正体がわかると、オールドローズとイングリッシュローズの選別がつかないのが致し方ないことに納得がいきますね。
希少価値
イングリッシュローズの多くは園芸品種になるようですが、いくつかの品種は切花としても流通しています。
華麗な姿・芳醇な香りに加えて流通量の少なさも人気に拍車をかける理由になっているようです。
それだけに、イングリッシュローズのブーケを持つということは、クレオパトラやジョセフィーヌの気分を味わえる貴重な機会なのかもしれません。
もしくはワインのように、花嫁さんご自身の誕生年と同じ年に生まれたイングリッシュローズのブーケを持つなんていうのも素敵だと思います。
バラの系譜を受け継いできたイングリッシュローズ。
貴族の気分を味わえる贅沢さを、一生に一度の花嫁姿で叶えるのであれば、決してバチが当たることもないでしょう。
イングリッシュローズを使ったブーケなど、他にも多数ご覧いただけます。
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